酒解禁

2/1(水)午前1時半頃、自宅に到着。

家族は既に寝ている。静寂に覆われた家。忍び足で台所へ向かい、どのグラスを今宵の相棒とするかについて黙考。

炭酸が抜けにくく、シャンパンの微細な味わいを長時間楽しむことができ、且つ香りを集め、その味わいを集中させる役割も果たす細い開口部を持ったフルート型。または、断酒開始前、愛用していた脚が無いステムレス型。

ステムレス型グラスに決める。今の高まった私の興奮度合いを鑑みた際、繊細な扱いが必要なフルート型グラスでは少々心もとない気がした。

冷蔵庫の奥底へ潜ませてあったシャンパンボトルを手に取る。よく冷えている。ナイス。

グラスへ注いだ金色の液体を体へ流し込み、目を閉じる。。得も言われぬ幸福感が頭頂部から足の先まで駆け巡る。

しかし、その数秒後、ふと思う。この幸福感は、一か月の断酒から解放されたという事実に対し発生した感覚であって、純粋に酒そのものから得られたものではないのではないだろうか。

二杯目を口にする。一杯目に感じた程の気持ちの高まりはない。でも美味い。

時計の針が午前3時を指そうとする頃、ボトルが空になる。ほろ酔い。

この一か月の断酒期間。私の中の「何か」に劇的な変化を求めるは、あまりに短いものだったのかもしれない。だが、飲酒時に私が感じていた幸福感が、「酒そのものから得られるもの」なのか、それとも「酒を飲むという行為自体から得ていたもの」なのか、ということを考えるきっかけに、今回のDry Januaryがなったのは間違いない。

明日以降の私の飲酒生活習慣。去年とは少し違ったものになりそう、なんてことを思いながら床に就く。

解禁

二月一日。

帰宅。晩飯は煮込んだチキン。当初の予定通り一ヶ月の断酒期間を終えたため、酒解禁。熟考の末、何を思ったかよりによって、一ヶ月前飲み残して冷蔵庫に入れっぱなしにしてあったシャンパンボトルを手にする。バッドチョイス。

気の抜けたシャンパン。まずい。一口で飲むのをやめ、ビールへスイッチ。冷えたビール。美味しかったが、期待していた程の感動はなかった。

床に就いた後、頭痛に襲われる。