五月一日。
家族総出で出かける準備をしている最中、息子が車の側で不穏な動きを見せる。
小石を手に車に彫刻アート。
瞬間湯沸器のごとく、頭に血が上り、息子の頭を右手の指三本で叩いてしまう。
息子、大泣き。妻、娘から車がそんなに大事なのか、と罵られる。出発前、息子に謝罪する。
目的地へ向かう道中、右手の指三本に残った嫌な感触に悶々とする。自分の懐の狭さに嫌気がする。
自分の理解出来ない行動を、家族のみならず会社の人間がとっていた際、直接的に「何故そのようなことをしているのか。」と聞いてしまう。先週も、最近部下となった元同僚に、同じ調子で尋ね、刺々しいリアクションを取られてしまった。妻にもそのことについて話をしたところ、参考になるフィードバックが。
私に「何故?」と言われると、全てを否定されているように聞こえるらしい。まずい。
私は単純に理解出来ない行動をとっている相手に対し、理由を聞き、その言動の源は何なのか理解したいという思いから発する「何故?」なのだが、相手はそのような単純な問いではなく、攻撃的な問いとして捉えられてしまっていた模様。
年上の部下。取扱が難しい。私はおっさん。しかし、その方からすると、いつまでたっても私はひよっこなのかもしれない。そんな奴から、マイクロマネージメントちっくなアプローチを受けたら、苛立たしいかもしれない。
状況を俯瞰的に捉え、余裕をもった対応を取れるようなりたいが、なかなか難しい。明日からまた一週間始まる。気が重い。